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ホッパー:kuniのウィンディ・シティからの手紙-US新聞ドットコム
アメリカという国は、雄大な自然に包まれながらも、1人でいるとどうしようも ない孤独感に陥る瞬間がある。そんな人々の心象風景を見事に捉えた20世紀を 代表するアメリカの画家、エドワード・ホッパー。シカゴ美術館所蔵のホッパー の油絵の代表作、「ナイト・ホークス(Nighthawks)」*は、うつろいゆく夜の 都会に住む人々の孤独の一瞬をあたかも映画の1コマのように切り取っている。 この「ナイト・ホークス」は、20世紀の文学、映画、音楽などさまざまな分野 で、繰り返し引用され、アメリカ文化を象徴するイメージとして、知らず知らず のうちに人々の目に焼きついている。しかし、ポップアートの旗手として有名な アンディ・ウオーホールや、抽象表現主義の代表作家ジャクソン・ポロックは、 日本でも広く知られているが、そのイメージを作り出した作者であるホッパーは 日本人にはあまりなじみがないかもしれない。
その作品のインパクトが強いため、大きな作品かと思いきや、意外に小ぶりであ る。暗い緑がかったブルーの枠とそれに囲まれたカフェの明るいイエローの壁が 対照的で、都市の内側からの人口の光を思い切り浴びるような感覚に陥る。その カフェの中には、小粋な二人のカップルとコーヒーを入れようとしているウェイ ター。男の方に何か話しかけているようにも見える。手前にぽつんと1人の男が 座っている。カフェの前のショーウインドウは、真っ暗で、人通りはまったくな い。4人は、みんな目を合わせず、静かに都会の夜のひとときが流れる。これ は、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジの一角を描いた1942年の作品だ が、シカゴ美術館に常設展示されていたせいか、当時のシカゴのダウンタウンで の1コマだと思ったほど、一種普遍的でもある。そのため、「ナイトホークス」は、日本経済新聞米州版の「アメリカで見る世界の名画ベスト20」で、シカゴ美術館所蔵のジョルジュ・スーラの大作、「グランドジャット島の日曜日の午後」の3位に続いて、5位にランクされているほどの人気作品である。(http: //www.nikkeius.com/htm/campaign/meiga.html)
これは、ギャングスター映画やレイモンド・チャンドラーなどのハードボイルド 小説のセッティングやキャラクターからホッパーは触発されて生まれた一昔前の 作品だが、なぜか古めかしさは感じられない。シカゴのダウンタウンを題材にすることで有名な人気現代作家、スチュワート・ダイベックの代表作「ザ・コース ト・オブ・シカゴ」という1981年発行の短編小説集の中にもこの作品はでて くる。
「ナイトホークス(夜鷹)~夜ふかし」という短編で、職を探している若者が、 シカゴ美術館に息抜きで立ち寄り、明るい光を放つゴッホ、スーラ、モネの印象 派の作品群を回りながら現実逃避をするが、なぜかいつも最後、ホッパーの「ナ イト・ホークス」でふと我に帰る。小説の最後の部分、「でも僕の絵画めぐり は、いつも決まって、エドワード・ホッパーの「ナイト・ホークス(夜ふかしを する人たち)」の前で締めくくられた。
たぶん、それら一連の絵画の輝きとバラ ンスを取るために、僕にはその絵の暗さが必要だったのだろう。ホッパーの絵の なかは夜である。食堂は暗い街角を照らし出している。そこから発しているとは 思えないほどくっきりした光で、カウンターに、三人の客が座っている。彼らは 何かを待っているように見える。何かがはじまるのをではなく、終わるのを。そ して僕にはわかっていた。目を開けたら、何の違和感もなく、僕もやはりそこで 待っているだろうと。」(「シカゴ育ち」p123より スチュアート・ダイ ベック作 柴田元幸訳 白水Uブックス)
「彼らは待っているように見える。」とあるが、いったい何を待っているのだろ うか。自分自身の孤独から救い出してくれる何かか。それとも永遠に待ち続ける のだろうか。おそらく、ダイベックは、ホッパーの「ナイト・ホークス」に触発 されて、この珠玉の短編が生まれたのだろう。相反する絶望と希望、光と影、い つも突き放されているようでも、ぐいぐいと吸い込まれていくミステリアスなも のをかかえた魅惑的な都会の孤独をホッパーは表現する。